僕の父方の祖父は、人間魚雷回天の訓練生だった。
当時満州に渡っていた家族から離れ、祖父は山口県の光基地で回天の訓練を受けていた。四十五年の九月にはウラジオストックへの攻撃に出征することが決まっていたという話を聞いたことがある。そこで祖父はたくさんの仲間とたくさんの「別れ」をしてきたのだろう。
祖父は、仲間たちと共に命を落とすことができなかった。
四十五年八月十五日、日本は終戦を迎えた。
出撃することなく、祖父の戦いは終わった。
僕は大学で史学、近現代史を学んだ。
そこで目を向けるのはそれまで学校教育で習うマクロな歴史ではなく、もっと狭く深く、その人自身や文化に寄り添った、ミクロな歴史であった。
そこで目を向けるのはそれまで学校教育で習うマクロな歴史ではなく、もっと狭く深く、その人自身や文化に寄り添った、ミクロな歴史であった。
ちなみに、僕は戦後復興の大衆文化史に研究スポットを当てることになる。
三年生になり、ゼミが始まると恩師は夏休暇に際して『家の歴史を調べてくること』を課した。歴史を学ぶ、歴史の上にある僕らのルーツを辿ることでどう歴史と向き合うのかを明確にする狙いがあったのではないかと思う。
この経験が今思えばとても貴重だった。
父方の祖父母はあまり僕たちに自分たちの戦争体験を話すことはなかった。
だからあまり知らなかったし、旅立ってしまった今となってはもっと話を聴いておけばよかったなと後悔がある。
家の歴史を調べていくと分かってくる、祖父と祖母の歴史。
「戦争」というマクロな歴史で掬おうとすると、指の隙間からこぼれ落ちてしまうミクロな歴史だった。
祖父の話に戻ろう。
祖父の家族は満州にいて、やはり相当に苦労したようであった。
そこはいつか、文献なりを漁ってちゃんと研究し理解したいと思う。
終戦を迎え引き揚げてくる際、祖父は妹弟を亡くしている。
その経験や満州で過ごした日々、そして回天の候補生ながら自分だけ生き残ってしまった「贖罪」の念があったりしたのだろうか、祖父はその後満州の残留孤児の身元引受け人のボランティアや遺骨の収集ボランティアに赴いていた。
小さい僕には知らない、祖父の顔だった。
僕たち孫にとっては、本当に明るくておもしろくていつも笑わせてくれるじいちゃん。
ばあちゃんとも本当に仲が良くて、そんなじいちゃんとばあちゃんが大好きだった。
いつも、オリジナルの子守唄を歌って笑わせてくれたじいちゃん。
手先が器用で工作、日常大工が得意だった。竹を切り出し竹馬を作ってくれた日には、うれしくて3km離れた小学校まで乗り回した。
クリスマスにはサンタの格好をして、僕ら家族が住む団地の子供たちにプレゼントを配ってまわったこともあった。
あまり戦時中の話をしなかったのはじいちゃんのことだから、明るく楽しい時間を過ごしたかったのだろう。
子供の頃は、まさかその笑顔の裏にこんなミクロな歴史が影をおとしているとは知る由もなかった。
祖父は二年前、2016年に亡くなった。
そして祖父の部屋から出てきたのは精霊船だった。
この記事の頭に貼り付けた写真の船である。
工作が得意なじいちゃんらしく、この船は全て海岸に流れ着いた流木で作られていた。
多分、不慮の事故で亡くなった祖父の三男、僕からすると叔父が眠る墓に近い海岸から拾ってきていたんだと思う。
自分の乗る精霊船を、生前自分で作っておく。
カッコよくないか。
それだけではない。
祖父は、祖母の分の精霊船まで一緒に作っていた。
素敵やろ、カッコいいやろ。
ロマンチックやろ。
優しいじいちゃんだった。
祖父の精霊船を見て、ハッと気づかされたことがある。
それは祖父が僕が想像していた以上に、『自分だけが生き残ってしまったことを後悔していた』ということだ。
祖父は柩掛け(柩の上に掛ける布)として旭日旗を望んだ。
そして精霊船には祖父が乗れなかった、祖父が仲間と死ねなかった回天が搭載されている。
回天には「菊水」と書かれている。これは「回天特別攻撃隊菊水隊」を指すのだろう。
こちらで祖父の戦友たちの遺書を拝読することができる。
僕たち孫は、祖父がそんなに罪の意識を感じていたことを深く知らなかった。この精霊船を葬儀後に見たときに涙が止まらなかった。
今日もまた
黒潮おどる
海洋に
翔去り征きし
友は還らず
そして2018年、大好きな祖父に逢いにいくように祖母が亡くなった。
でも、僕らはその二つの精霊船を流すことはできなかった。
それは祖父の最期の意志に反するものだったかもしれない。それは僕の親や叔父達がよく分かっていたことだろう。
それでも二つの船を流すことはなかった。
祖父が亡くなってからお盆に実家に帰ると毎年この船が出迎えてくれる。
祖父はこの船に乗って、僕らに今の平和を語る使者として還ってきてくれるのだ。
これが祖父の、マクロな歴史の中での祖父というミクロな歴史。
だけど、僕はそういうミクロな歴史こそ密度が濃くて最高に綺麗な色をしているんじゃないかと思う。
今日は終戦記念日だ。
この終結の背景には教科書に載るような人、教科書に乗らないような大衆、とてもたくさんのミクロな歴史がある。
もしまだあなたの御祖父母が健在なら、ぜひそういう歴史を尋ねておくべきだと思う。
祖父たちの面影を、ふとした瞬間に自分の中に感じることがある。みんな、僕の中に生きている。
祖父の戒名に実は偶然僕の名前の二文字が入っていたりする。
ちょっとだけキツいとき、僕は祖父のことを思い出す。
最後になったが、あの日看取れなかった祖父に計り知れない愛情と感謝、平和への決意を込めて。
じいちゃん、ばあちゃん、ありがとう。
大好きです。
孫より。







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